Enrico Melozzi
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文:エンリコ・メロッツィ

全13回のうち、これは第3回である。主張は第1回にあり、変わらない。以下は、それを証明するためのものである。

ウィーン、ブルク劇場の裏の路地、1791年のある朝。宮廷劇場専属の写譜師ヴェンツェル・スコヴァティ(Wenzel Sukowaty)の工房では、半ダースほどの男たちが傾斜のついた机に向かい、袖を布の腕カバーで守りながら、音楽を書き写している。創作しているのではない。増やしているのだ。前夜に届いた総譜からパート譜を起こし、第1ヴァイオリンの冊子、第2ヴァイオリンの冊子、管楽器ひとつひとつの冊子を作る。ペンが速く走るのは、支払いが紙一枚ごと、つまり1枚(Bogen)あたりで、丁寧に写した一枚も慌てて写した一枚も同じ値になるからである。ウィーンが耳にしていた音楽のすべては、物質としては、このような部屋から出てきていた。

今回の資料は、ひとつの経済システムであり、三つの側面から写し取ることができる。第一の側面は工房である。スコヴァティはブルク劇場とその作曲家たちに仕えていた。ラウレンツ・ラウシュ(Laurenz Lausch)の店は、人気アリアの写本を、初演の数日後には新聞広告を打って一般に売っていた。そして1799年には、商人のヨハン・トレーク(Johann Traeg)が、数百頁に及ぶ販売目録を刊行することになる。そのほとんどは、注文に応じて写された手書きの音楽だった。安価な印刷が広まる前には、手による筆写がそのまま音楽出版だったのだ。価格表と徒弟と納期のある産業である。第二の側面は、注文主が何を買っていたかである。理念ではなく、額に入れて飾る自筆譜でもない。買っていたのは演奏用の資料、すなわち総譜とパート譜で、すぐに譜面台に載せられる状態のものだった。自筆譜は、仕事道具として、しばしば作者の手元に残った。注文主が受け取るのは、流通の連鎖の産物だった。第三の側面は監督である。作曲家は連鎖の上に、棟梁のように立っていた。パルティチェッラ(particella)を渡し、指示を出し、抜き打ちで直す。第1回では、『レクイエム』のパルティチェッラに何が含まれているかを述べた。完全な声部、数字付き低音、入りの指示である。それはまさに、工房が残りの仕事をするために受け取ることを期待していた情報だった。

モーツァルトの自筆譜の一頁のファクシミリ
自筆譜の一頁。仕事道具である。注文主が受け取ったのは別のものであり、それは工房から出てきた。

モーツァルトがこの仕組みの内側で生きていたことは、仮説ではない。家計の帳簿の話である。父レオポルトは、1770年のイタリアからの手紙で、初演の前に写譜師が『ミトリダーテ』を盗み出すのを防ぐための用心を語っている。盗まれた写しは、失われた金だったからだ。ウィーン時代、モーツァルトはオペラの時期には自宅に写譜師を置いて働かせていた。そして1791年の秋、プラハでの戴冠式のために数週間で仕上げられた『皇帝ティートの慈悲』では、委任は記録上の最大に達した。このオペラのセッコのレチタティーヴォは彼自身が書いたのではなく、音楽学は一致して、旅の助手を務めた弟子フランツ・クサヴァー・ジュスマイヤー(Franz Xaver Süssmayr)の手を指摘している。皇帝のためのオペラに、他人の書いた頁が含まれ、指示のもとに書かれ、モーツァルトの名で納められた。『レクイエム』の3か月前の出来事であり、誰も憤慨しなかった。それが仕事のやり方だったからである。

では、論点を述べよう。『レクイエム』をめぐるロマン主義的な物語は、モーツァルトの音楽と他人の手とのあいだに深淵を想像することを必要とする。こちらには天才、あちらには冒瀆者。1791年の文書が示す現実は連続体であって、深淵ではない。作者の頭と譜面台とのあいだには、つねに中間の手の連なりがあり、プロの作曲家はみな、その連なりを知り、その連なりのために書いていた。書く代わりに指示すること、書き写す代わりに参照させること、通常の部分を委ねて、非凡な部分のために力を取っておくこと。それらは放棄の症状ではなく、ひとつの産業の文法である。この調査の出発点となった、ブリュッセルで削除された「quam olim da capo」も、その文法に属する。それは、自分に工房があることを知っていた棟梁が書いた、工房向けの指示なのである。

アンドレ版『レクイエム』の表紙
1826年のアンドレ版。表紙がすでに二つの手稿、モーツァルトのものとジュスマイヤーのものを掲げている。流通の連鎖が、印刷されている。

そしてここに、締めくくりとなる最後の事実がある。ヴァルゼック伯爵が1792年の最初の数か月に受け取った『レクイエム』の総譜、妻のためのミサを演奏させたその総譜は、モーツァルトが書いたものではない。それは納品用の写しであり、助手と連鎖の仕事から生まれ、完成されるべきところは完成され、巻末にはモーツァルト風の日付と署名までが、他人の手で書き加えられていた。注文主は眉ひとつ動かさずに受け取った。作者の手によらない納品用の総譜は、市場の絶対的な常態だったからである。1792年に、死にゆく者の自筆譜を買った者は、ひとりもいない。誰もが、いつも、工房の製品を買ったのだ。

本章は、エンリコ・メロッツィによる『レクイエム』調査の一部である。第4回は9月10日(木)18時30分に公開され、あの総譜に代金を払って署名を手に入れた男に、間近で会いに行く。

Il testo è delIl Coro di Melos di Melos
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